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高松地方裁判所 昭和33年(行)3号 判決

原告 大野マサ子

被告 高松国税局長

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

主文

被告が訴外大野万喜男の国税滞納につき昭和三三年四月一五日原告所有の別紙目録記載の不動産についてなした差押処分は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因並びに被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、原告は訴外大野万喜男の妻であるが、被告は原告に対し同訴外人が昭和三二年度分(納期昭和三二年八月三一日)の所得税として四八八、一八〇円、これに対する加算税、利子税、延滞加算税等以上合計七六五、三五〇円を滞納しているとして、昭和三三年四月一四日迄にこれを納付するよう通知をし、同月一五日これが徴収のため原告所有の別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産と称す)に対し差押処分をなした。右は原告が前記万喜男から本件不動産につき、宅地及び山林については昭和三二年五月一五日に、田畑については同年七月三一日に夫々贈与に因る所有権移転登記を受けたので、被告は旧国税徴収法(明治三〇年法律第二一号、以下単に旧法と称す)第四条ノ七旧国税徴収法施行規則(明治三五年勅令第一三五号、以下単に旧法施行規則と称す)第八条ノ二により原告を第二次納税義務者と認め、右差押処分をなしたものである。そこで原告は被告に対し右差押処分につき旧法所定の手続により審査の請求をしたが、被告は昭和三三年七月一二日右請求を棄却する旨決定し、その通知は同月一三日原告に到達した。

二、しかし被告の右差押処分は次の理由により旧法第四条ノ七所定の要件を欠く違法なものであるから取消を求める。

(一)  訴外大野万喜男は昭和二七年頃より旅館の女中村田ハル子と昵懇となり、昭和二九年五月同訴外人の祖父大野伊勢吉(昭和二五年八月死亡)により譲受けた財産のうち最大の山林を売却し(同山林の売買による所得が本件所得税の対象となる)右村田ハル子と松山市泉町に出奔することとなつたので、後に残る原告、子棋二入及び祖母等の生活を案じた同訴外人等の親族の者が同年五月中旬頃原告、同訴外人をも加えて集り相談の結果、原告は右万喜男から本件不動産の贈与を受けるに至つたのである。而して右贈与の実質は、万喜男と原告との婚姻関係が右のような事情で破綻したので、原告が今後子供二人と祖母を養育することで事実上離婚の話がまとまり、本件不動産を財産分与として原告が取得したのである。仮に右財産分与の主張が認められないとしても、右贈与がなされた昭和二九年五月には、未だ万喜男において所得税滞納の事実がないのみならず、万喜男は旧法第四条ノ七にいういわゆる財産の差押を免れるため本件不動産を贈与したものではなく、原告は本件不動産の贈与を受けた当時万喜男が差押を免れる目的で贈与することを知らなかつたものである。

(二)  仮に贈与の時期につき原告の右主張が被告に対抗し得ないとしても、原告は本件不動産につき本件国税の納期(被告は訴外大野万喜男に対して昭和三二年七月三一日付で納期を同年八月三一日と定めて納税告知をした)以前の同年九月一五日と同年七月三一日に所有権移転登記を受けたのであるから、当事万喜男において国税滞納の事実が発生していない。

(三)  被告が大野万喜男に対し滞納処分を行うも国税及び滞納処分費に不足すると認めたのは、原告に本件納付通知をした昭和三三年四月七日頃と考えられるが、被告が法規によつて昭和三〇年度に税額を決定し同訴外人にその納付を求めることなく(本件所得税の対象は前記の如く昭和二九年における万喜男の所得である)、四年前に原告が贈与を受けた本件不動産に対し本件差押処分をなしたのは、被告の徴税義務履行の怠慢に因るもので違法である。殊に万喜男は昭和三〇年一〇月二〇日より昭和三三年二月二一日迄、松山市泉町六反地一九番地の四に村田ハル子名義で宅地四〇坪、同地上に木造セメント瓦葺平屋建(弊坪一八坪六合二勺)の建物(価格合計約九四万円)を所有し、万喜男と村田ハル子は昭和二九年五月中旬頃から少くとも右不動産を売却した昭和三三年二月二一日迄同棲し、事実上婚姻関係と同様の事情にあつたから、被告は前記旧法、並びに旧法施行規則により右不動産を差押え得た筈である。また万喜男は同人名義で愛媛県上浮穴郡小田町大字中川字祝谷乙七三番地所在の田四畝二歩、同所乙一五八番地所在の田八畝二歩、同所字鈴ノ子乙二〇六番地の一所在の畑五畝を所有しているのである。

三、被告主張事実中大野万喜男の昭和二九年度の所得額及び納期、同訴外人に対する納税告知の事実並びに現在の未納税額は、いずれも争う。被告が村田ハル子を第二次納税義務者と認め、その主張のような手続でその主張の頃村田ハル子名義の不動産に対し差押手続を採つたが登記できなかつたこと、万喜男名義の田、畑等をその主張の頃差押え、その主張の価格で公売したことは、いずれも認める。

被告指定代理人等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

一、原告が訴外大野万喜男の妻であること、被告が昭和三三年四月一五日原告主張の如く同訴外人の滞納税金を徴収するため、原告所有の本件不動産に対し差押処分をなしたこと及び右差押処分に対し原告が被告に対し審査の請求をしたが、被告は原告主張の頃右請求を棄却する旨決定し、その通知をしたことは、いずれも認める。すなわち万喜男が昭和二九年に売却した山林の所得につき、同訴外人から申告がなかつたため、松山税務署長は所得税法に基づき、昭和三十二年七月三一日付で右所得額を一九七四、二八四円、納期を同年八月三一日と決定し同訴外人に納税告知をしたが、本税四八八、一八〇円、無申告加算税一四六、二五〇円の外利子税、延滞加算税、滞納処分費等が未納となつていたものである。そこで同署長は同年一二月二六日万喜男所有の田畑合計一反七畝一四歩を差押えたが、同人名義の財産をもつては右滞納税額を完済することができない状況にあつたので、万喜男より本件不動産の贈与を受けた原告を旧法第四条の七、旧法施行規則第八条ノ二により第二次納税義務者と認め右差押処分をなしたものである。

二、被告の本件不動産に対する差押処分は次の理由により適法である。

(一)  原告が訴外大野万喜男から本件不動産の贈与を受けた時期は不知。仮に原告主張の頃贈与を受けたとしても、本件不動産につき右万喜男より原告に対し贈与に因る所有権移転登記がなされたのは昭和三二年五月一五日及び同年七月三一日であるから、右登記以前に遡る右主張は被告に対抗できない。原告の主張する財産分与の事実は争う。万喜男は昭和二九年頃その所有山林を売却して所得を得る(これに対し本件所得税が課せられる)と同時に抽象的な租税債務を負うに至つたことを了知しておりながら、本件不動産を原告に贈与したのであるから、財産の差押を免れることを十分認識していたものというべきであり、右贈与は旧法第四条ノ七旧法施行規則第八条ノ二所定の要件に該当する。而して旧法第四条ノ七は受贈者の善意悪意を問わず当然に適用されるものと解すべきである。

(二)  旧法第四条ノ七は納期前二年内の財産譲渡についても遡つて適用されろところ、同条にいう財産譲渡は所有権移転登記の日を基準とすべきであるから、本件国税の納期の二年前以内なる昭和三二年五月一五日及び同年七月三一日に原告に対し所有権移転登記のなされた本件不動産につき被告が差押処分をなしたのは適法である。

(三)  本件国税が昭和二九年における訴外大野万喜男の山林売買の所得に対するものであるにかかわらず、昭和三二年度に至つて賦課処分がなされたことは原告主張のとおりであるが、これは同訴外人から所得の申告がなかつたことによるものである。すなわち本件の如き事案にあつては木人から申告がない限り容易にその実態を把握することができず、その後の調査により右山林売買の事実を確認したので無申告のまま直ちに課税決定をしたものであつて、税務官庁が徴税を怠つたものではない。なお大野万喜男と同棲していた村田ハル子が原告の主張するような不動産を所有していたことは認める、そこで被告は昭和三三年二月一八日村田ハル子に対しても第二次納税義務を負わせ、納期を同月二五日と定めて納付通知書を同月二〇日送付し、同月二六日右不動産を差押えたが、既に他へ売却され第三者名義になつていたので登記ができなかつた。また大野万喜男が原告の主張するような不動産を所有していたことは認める。被告は昭和三二年一二月二六日右不動産を差押え、昭和三三年八月一九日と同年九月四日に価格一四四、五〇〇円で公売した(但しその中畑六歩は原告が耕作しているため買受人が現れない)が、大野万喜男には他に財産がなく、本件滞納税金を完納し得る見込がない。

証拠〈省略〉

理由

一、原告は訴外大野万喜男の妻であるところ、本件不動産につき宅地及び山林については昭和三二年五月一五日に、田畑については同年七月三一日に、右万喜男より贈与による所有権移転登記を受けたこと、被告は同訴外人が昭和三二年度分(納期は昭和三二年八月三一日)の所得税として四八八、一八〇円、これに対する加算税、利子税、延滞加算税等以上合計七六五、三五〇円を滞納しているとして、右不動産の贈与を受けた原告を旧法第四条ノ七、旧法施行規則第八条ノ二により第二次納税義務者と認め、原告に対し昭和三三年四月一四日迄に右万喜男の滞納税金を納付するよう通知し、同月一五日これが徴収のため原告所有の本件不動産に対し差押処分をなしたこと、右差押処分につき原告は被告に対し旧法所定の手続により審査の請求をしたが、被告は同年七月二一日右請求を棄却する旨決定し、その通知は同月一三日原告に到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

而して成立に争いのない甲第五号証及び乙第一乃至第五号証(但し第二、三号証は各一、二)並びに証人伏石敏夫の証言を総合すると、万喜男は昭和二九年にその所有山林を売却したものであるところ、その所得につき、同人から申告がなかつたため、松山税務署長は、昭和三二年七月三一日付で右所得額を一、九七四、一八一円(課税山林所得金額一九〇六、七〇〇円)と決定し、課税山林所得金額に対する税額五八五、一八〇円、無申告加算税一四六、二五〇円の納税告知(納期同年八月三一日)をしたが、万喜男は九七、〇〇〇円を納付したのみで、本税四八八、一八〇円無告加算税一四六、二五〇円の外利子税、延滞加算税、滞納処分費等が未納となつていたことが認められる。

二、そこで被告の本件不動産に対する差押処分が適法であるか否かについて、考えてみることとする。

(一)  原告は昭和二九年五月中旬頃大野万喜男から本件不動産の贈与を受けたと主張するので、この点について判断する。成立に争のない乙第七号証に証人藤淵徳二、同池田丈衛(第一、二回)の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、大野万喜男は昭和二二年一一月一四日原告と婚姻届出をなし、原告との間に二人の女児(昭和二三年生と昭和二六年生)を挙げ、本籍地(原告肩書地)において農業の傍山林経営をなし、祖母及び妹二人をも扶養していたものであるところ、昭和二八年頃から旅館「若竹」の女中村田ハル子とねんごろになり、祖父大野伊勢吉(昭和二五年八月死亡)により譲受けた財産のうち、最大の山林である通称「やけごや」を昭和二九年四月頃売却し、その代金をもつて右村田ハル子と松山市に出奔し同棲する運びとなつたこと、そこで後に残される原告の身の振り方及び家族等の生活を案じた大野和市、池田丈衛、山田猶衛等大野家及び原告の実家側の親族の者、七、八人が、同年四月二〇日頃万喜男、原告を加えて大野家に集り、親族会議を開き右親族の者等は万喜男に対し翻意するように意見したが、同人はこれを開き入れなかつたこと、そこで親族の者等も万喜男が大野家を出て前記ハル子と松山において同棲することを承認せざるの巳むなきに至り、その際原告の父山田猶衛から原告を万喜男と離婚し実家へ帰らせるとの強硬な意見も出たが、かかる措置を採れば万喜男の祖母及び妹二人の扶養に事欠くに至るため、種々協議の末結局原告は大野家へとどまつて、子供二入を養育すると共に祖母及び万喜男の妹二人を扶養することとし、その養育及び扶養並びに原告の生活のため本件不動産を万喜男から原告に贈与することに話がまとまり万喜男も右贈与を承諾し、原告もこれを諒承したことが認められる。従つて本件不動産については、昭和二九年四月二〇日頃訴外大野万喜男よりその妻たる原告に対し右認定のような事情の下に贈与がなされたものと認めざるを得ない。尤も甲第三号証(贈与証書)には、本件不動産のうち宅地山林等四七筆を昭和二九年七月一日に、甲第四号証(贈与証書)には、本件不動産のうち田等二三筆を昭和三二年六月二〇日に、乙第六号証(許可申告書)には、本件不動産のうち田畑を同年四月一五日に原告が贈与を受けた旨の各記載があるが、前記証人の証言に照し右記載の日附は必ずしも真実贈与がなされた日をあらわすものとは認め難く、右各書証の記載は未だ右認定を履すにたりない。また本件不動産のうち宅地と山林については昭和三二年五月一五日に、田畑については同年七月三一日に、それぞれ贈与に因る所有権移転登記がなされていること前記の通りであるが、証人池田丈衛の各証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果を総合すると、本件不動産は合計約七〇筆であり、その登録税が相当の額に上るためその用意ができず、また格別登記を急ぐ必要もなかつたため登記が遅れるに至つたことを窺うことができ、昭和三二年に至つて登記がなされた事実は必ずしも前敍認定の妨げとなるものではない。

(二)  被告は大野万喜男は本件国税の滞納処分による差押を免れるため、原告に本件不動産を贈与したと主張するところ、前示(一)認定の如き事情で万喜男は昭和二九年四月頃本件不動産を原告に贈与するに至つたものであること、右贈与当時は万喜男が前記通称「やけごや」の山林を売却した直後であり、未だ本件国税の納付通知を受けていなかつたこと等を併せ考えると、万喜男は右山林売却に対する所得税につき滞納処分による差押を免れるため原告に本件不動産を贈与したものであるとは認め難く、他に被告の右主張事実を肯認するに十分な証拠がない。

なお、被告は万喜男が原告に対し昭和二九年五月頃本件不動産を贈与したとしても、登記以前に遡る右贈与は被告に対抗できないと主張するところ、税務官庁側が旧法第四条ノ七を適用するに際し所有権移転登記がなされた日を基準とすることは一応首肯できるけれども(登記前ならば仮にその以前に譲渡の事実があつたとしても、税務官庁は納税人の財産として差押をなすことができる)旧法第四条ノ七にいわゆる差押を免れるための贈与であるか否かは贈与なる法律行為が行われた当時即ち現実に贈与した当時における納税人の意思を探究して決すべきであり、登記の時期を基準として判断すべきでないと解するのが相当であるから、被告の右主張は採用できない。

しからば大野万喜男の原告に対する本件不動産贈与は旧法第四条ノ七に該当するものということができず、万喜男に対する前記所得税につき原告を第二次納税義務者として被告がなした本件差押処分は、爾余の点を判断するまでもなく違法であるといわなければならない。よつて本件差押処分の取消を求める原告の本訴請求は正当として、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浮田茂一 塩田駿一 白石隆)

目録〈省略〉

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